■図形のパワー
| ■五芒星 | |||||
| |||||
![]() | 安倍晴明が呪符などに頻繁に用いた紋様。ギリシャ語ではペンタグラマと呼ばれ、西洋においても魔除けの印として広く知られています。 | ||||
| |||||
| ■太極印 たいきょくいん | |||||
![]() | 陰陽道においては、万物を「陰」の気をもつものと、「陽」の気をもつものに分類します。 一例としては、 「陰」に属するもの かげ、地、月、女性、偶数 「陽」に属するもの ひなた、天、太陽、男性、奇数 などが挙げられます。 この二つのエネルギーは相反するものですが、どちらが多いから良いとか、少ないから悪いとかいうことではなく、それぞれが同時に均等に存在する状態こそが最良であると陰陽道では考えます。 この最良の状態を表しているのが「太極印」であり、「陰」と「陽」が均等に混ぜ合わさって不変を象徴しています。 | ||||
やや詳しい説明 太極 太極は万物の根源であり、ここから陰陽の二元が生ずるとする。 太極図 太極の中に陰陽が生じた様子が描かれている。古くは右側に陰(黒)、左に陽(白)が描かれており、古代中国において流行し道教のシンボルともなり、今日では世界中に広まった。黒色は陰を表し下降する氣を意味し、白色は陽を表し上昇する気を意味する。尾っぽの方から頭の方に向かって領域がひろがっていくのは、それぞれの氣が生まれ、徐々に盛んになっていく様子を表し、やがて陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。陰が極まれば、陽に変じ、陽が極まれば陰に変ず。陰の中央にある白い点は陰中の陽を示し、いくら陰が強くなっても陰の中に陽があり、後に陽に転じることを表す。陽の中央の点は同じように陽中の陰を示し、いくら陽が強くなっても陽の中に陰があり、後に陰に転じる。太極図は、これを永遠に繰り返すことを表している。 現在、この勾玉のような形が上下に置かれることが多い。これを陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずることを表しているとするのは、乾・坤を上下に配する先天図による説明様式であり、陽中の陰、陰中の陽とするのは離・坎を上下に配する後天図による説明様式である。 太極と陰陽五行説 この世の始まりは「混沌(カオス)」の一語に尽きます。あらゆるものがごった煮状態となり、フツフツ、グツグツとすべての要素が複雑に入り混じっている状態といえる。この混沌とした状態のなかで、すでに陰と陽とが静動を繰り返している。このような状態が「太極」と呼ばれるものである。太極のなかにうごめく陰と陽がそのなかから飛び出し、さらに陰と陽の離合集散から木火土金水、すなわち五行が生じることになる。五行は、お互いに結合・融合することで太極になることができる。 そして、五行の結合によって生じた太極から男と女が生じる。同様に、太極から森羅万象のあらゆるものが生じることになる。つまり、宇宙のあらゆるものは太極から生じ、しかも太極そのものであるというのである。この一連の離合集散・分離結合の営みは、すべて太極のはたらきを部分的に説明したものであり、太極から陰陽、陰陽から五行、五行の結合による太極、太極から男女や万物が分離するという営みは太極そのもののはたらきを意味している。「一にして全」「一にして多」という発想が、陰陽五行説には脈々と流れているのである。 ここで大切なのは、陰陽五行説では、太極・陰陽・五行は別々の物ととらえないこと。陰と陽のはたらきも、五行のはたらきも、これらすべて太極のはたらきを視点をずらしてみているに過ぎないのである。ここに至って陰陽五行説は、陰陽説が組み込まれた易の理論と五行説が吸収した五行配当を味方につけ、万物のあらゆる変化と不変の法則を説明する唯一無比なる教えとなる。-(稲田義行氏著書より) | |||||
| ■四神 ししん | |||||
| 東西南北の各方角を守護するとされる聖獣。それぞれ個有の幸運をもたらす力があると言われています。 | |||||
| ![]() | ![]() | ![]() | ||
青龍(東) | 白虎(西) | 朱雀(南) | 玄武(北) | ||
やや詳しい説明 四神(しじん) 中国・朝鮮・日本において、天の四方の方角を司ると伝統的に信じられてきた神獣をいう。四聖獣。青龍(せいりゅう)・朱雀(すざく)・白虎(びゃっこ)・玄武(げんぶ)から成る。これは周天を4分割した四象に由来する。五行説にも、中央に黄龍を足すことで数を合わせた上で、取り入れられている。黄龍は麒麟ともされる。 四神を基盤にした世界観 ・青龍:春:東:青 ・朱雀:夏:南:赤(朱) ・白虎:秋:西:白 ・玄武:冬:北:黒(玄) 上記のように、四神にはそれぞれ司る方位や季節とそれを象徴する色がある。特に中国においては、古くから四神に基づいた万物における世界観や人生観を確立し、それになぞらえて生まれた言葉や考え方は今日の日本でも用いられることが多い。例えば、東洋思想では人生を四季に例え、若年期を「青春」、壮年期を「朱夏(しゅか)、熟年期を「白秋(はくしゅう)」、老年期を「玄冬(げんとう)」と表現する。これも四神に基づいた人生観である。 フィクションにおける四神 四神の概念は一部の文学・歴史の愛好家および易学・オカルトの好事家の間にしか知られていなかったが、最近マンガ・アニメに登場するケースが激増した。「ふしぎ遊戯」「修羅の門」「遥かなる時空の中で」などそんまま四神と呼ばれている例もあるが、「幽☆遊☆白書」や「爆転シュート ベイブレート」や「セイント・ビースト」、など多くの例でむしろ「四聖獣」という名前で登場する。 | |||||
| ■勾玉 まがたま | |||||
![]() | 勾玉は、その形状から「月の神様」であると信じられています。月は「陰」の気を司り、縁の下の力持ちとなって持つ人を応援します。 古代より勾玉を手にすることで女性は美しくなり、男性は戦い場で最強のお守りとされてきました。 皇位継承の象徴である「三種の神器」のひとつとして、幸運を呼び持主を災いから守るとされているのは有名です。 | ||||
やや詳しい説明 勾玉とは1). 太古の時代より不思議な形のまま今日まで伝えられています。出雲の古墳からは、数多くの発掘されました。勾玉は神聖なもので、計り知れない神秘のベールで包まれています。日本神話の中では、戦いのための最強のお守りとして勾玉を500個も連ねた首飾りが登場します。また、弥生時代からは皇位継承の象徴である「三種の神器」の一つとして王位の証になりました。 勾玉は、「月の神様」であると信じられています。月のパワーは陰陽の陰のエネルギーを司り、どのような状況においても縁の下の力持ちとなって、持つ人をバックアップしてくれるのです。 勾玉とは2). 古代に使われた装身具の一つ。古代より、魔除け石・幸福を呼ぶ石といわれ身につけられて、剣や鏡と供に三種の神器として権力のシンボルともされてきました。その形は太陽と月が重なり合った形を表し、穴はいまじぶんを生かしてくれている先祖とのつながりを表しているとも言われています。そして身につけることにより太陽のエネルギーと、月のエネルギーを日夜受けることが出来るとも言われてきました。勾玉は女性が身につけると輝くような美しさを身にまとうとされ、また、形が胎児を表しているという「胎児説」から、安産のお守りとしても使われていたそうです。男性の場合は戦いのお守りとして、腕飾りや、刀の装飾品として利用されていました。 | |||||
| ■陰陽五行説 いんようごぎょうせつ | |||||
| 陰陽道の基本となる陰陽五行説では、万物は「陰」と「陽」以外に、「木」・「火」・「土」・「金」・「水」の五種類の気に分類されます。 これらの気は、お互いを生かし(相生)、打ち消す(相克)ことで永遠に流転しつづけます。 気にはそれぞれ象徴とされる色があり、その色は陰陽道において特別な力を持つと言われています。 | |||||
やや詳しい説明 陰陽五行説(いんようごぎょう、おんみょうごぎょう:-思想) 陰陽五行思想とは、中国の春秋戦国時代ごろに発生した陰陽思想と五行思想が結びついて生まれた思想のこと。陰陽思想と五行思想との組み合わせによって、より複雑な事象の説明がなされるようになった。 陰陽五行説の論理 「陰陽思想」では、全ての事象は、それだけが単独で存在するのでなく、「陰」と「陽」という相反する形(例えば明暗、天地、男女、善悪、吉凶など)で存在し、それぞれが消長をくりかえすという思想である。一方、「五行思想」は、万物は「木火土金水」という五つの要素により成り立つとするものである。後に五つの惑星と、さらにその後様々な事象と結び付けられ、観念的な五行思想として完成する。 五行相生・五行相剋 五行思想の特徴は、「相生」と「相剋」という、それぞれの要素同士がお互いに影響を与え合うという考え方である。良い影響を与えるものを「相生」、悪影響を与えるものを「相剋」という。 五行相生 「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」という関係を「五行相生」という。木は燃えて火になり、火が燃えたあとに灰(=土)が生じ、土が集まって山となった場所から鉱物(金)が産出し、金は腐食して水に帰り、水は木を生長させる、という具合に木→火→土→金→水→木の順に良い影響をもたらすということが「五行相生」である。 五行相剋 「水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」という関係を「五行相剋」という。水は火を消し、火は金を溶かし、金でできた刃物は木を切り倒し、木は土を押しのけた生長し、土は水の流れをせき止めてしまう、という具合に、水は火に、火は金に、金は木に、木は土に、土は水にそれぞれ悪影響を与えてしまうということが「五行相剋」である。 日本における陰陽五行思想 仏教儒教と同じ5世紀から6世紀には暦法などとともに伝わり、律令により陰陽寮という役所が設置された。その後、道教の道術を取り入れて、陰陽道へと日本独自の発展をした。 | |||||
陰陽師の基礎知識 |










