ホーム>陰陽師の基礎知識>図形のパワー
  • ホーム
  • 商品一覧
  • ご利用ガイド
  • 陰陽師の基礎知識
  • 店舗案内
  • 陰陽師本舗ブログ

図形のパワー

五芒星

五芒星

陰陽師本舗で取り扱っている陰陽師グッズには、厄除、開運などをもたらすといわれる、図形や色が用いられています。ここでは、そうした商品に関する基礎知識をまとめました。商品を選ぶ時の参考にご利用下さい。

安倍晴明が呪符などに頻繁に用いた紋様。ギリシャ語ではペンタグラマと呼ばれ、西洋においても魔除けの印として広く知られています。 五つの頂点は陰陽道の基本となる五行を表し、それを結ぶことで万物の除災、清浄をもたらす霊的バリヤ(結界)を張ることができると言われています。後には安倍家の家紋となり、晴明神社の社紋ともなっています。 旧日本軍をはじめ、各国軍隊がこの紋章を着衣、装備の一部に使用したのも、みな厄除・開運を願うためであると言われています。

五芒星グッズはこちら

やや詳しい説明

五芒星

5つの要素を並列的に図案化できる図形として、洋の東西を問わず使用される。基本的には世界中で魔術の記号として用いられ、扱い方一つで守護に用いる事も出来れば、悪魔の象徴にも出来る。内側に生じる小さな正五角形を取り除いた形(☆)もしばしば五芒星と呼ばれる。

陰陽道と安倍晴明の桔梗印

五芒星は、陰陽道では魔除けの呪符として伝えられている。五芒星に込められた意味は、陰陽道の基本概念となる陰陽五行説、木・火・土・金・水の五つの元素の働きの「相克」を表したものであり、あらゆる魔除けのお札として使用されています。

平安時代の陰陽師

安倍晴明は五行の象徴として五芒星の紋を用いた。キキョウの花のかたちに似ていることから、晴明桔梗紋なだと呼ばれる。現在も晴明神社の神紋などに見ることが出来る。

大日本帝国陸軍

五芒星は、帝国陸軍の軍帽に兵卒から大将まで刺繍されていた。桜花のがくの形を模しているとも、弾除け(多魔除け)の意味をかついで採用されていたとも言われている。

古代西洋

歴史的に確認されている最も古い五芒星の用法は、紀元前3000年頃のメソポタミアの書物のなかに発見されている。五芒星に五惑星を対応させる考え方は、後のヨーロッパにも見受けられる。また、火・水・風・土の四大元素に霊をあてはめた5つのエレメントにもそれぞれの頂点が対応させられ、それは現在でも魔法などのシンボリズムに使われている。

セーマンドーマン

またはドーマンセーマンとは、三重県鳥羽市及び志摩市の海女が身につける魔除け。磯手拭や襦袢などに、星形「五芒星」の印(セーマン)と格子状の印(ドーマン)を貝紫で描くか、または黒糸で記し、海での安全を祈願する。同じく磯ノミには彫刻する。星形は一筆書きで元の位置に戻り始めも終わりもないことから魔物の入り込む余地がなく、格子は多くの目で魔物を見張るといわれる。

五芒星が魔除けになっているのは

陰陽五行の相生と相克を象徴しているためとされます。相生は木→火→土→金→水→木の順で循環し、木は火を生み、火は土を生み、土は金を生み・・・というように無限の生成を意味します。相克は木→土→水→火→金→木の順で循環し、木は土に克ち、土は水に克ち、水は火に克ち・・・という無限の闘争を意味します。これらの相互作用で宇宙システムの循環が清浄に保たれることになっているので、そこに邪悪なものや災いが侵入したとしても、たちまち宇宙システムの循環機構に捕捉され、浄化されてしまいます。そのため、悪魔は五芒星に近づくことすら避けると考えられたのです。-(豊嶋泰国氏著書より)

ペンタグラム(五芒星)

西洋諸国でも古くからまったく同じ形がペンタグラム(五芒星)と呼ばれて、魔除けの印となっている。その伝統を踏まえてドイツの文豪ゲーテの長編詩劇「ファウスト」にも悪魔メフィストフェレスがペンタグラム(五芒星)を恐れて避けるシーンがあります。-(豊嶋泰国氏著書より)

太極印 たいきょくいん

太極印

陰陽道においては、万物を「陰」の気をもつものと、「陽」の気をもつものに分類します。
一例としては、
「陰」に属するもの かげ、地、月、女性、偶数
「陽」に属するもの ひなた、天、太陽、男性、奇数 などが挙げられます。

この二つのエネルギーは相反するものですが、どちらが多いから良いとか、少ないから悪いとかいうことではなく、それぞれが同時に均等に存在する状態こそが最良であると陰陽道では考えます。 この最良の状態を表しているのが「太極印」であり、「陰」と「陽」が均等に混ぜ合わさって不変を象徴しています。

やや詳しい説明

太極

太極は万物の根源であり、ここから陰陽の二元が生ずるとする。

太極図

太極の中に陰陽が生じた様子が描かれている。古くは右側に陰(黒)、左に陽(白)が描かれており、古代中国において流行し道教のシンボルともなり、今日では世界中に広まった。黒色は陰を表し下降する氣を意味し、白色は陽を表し上昇する気を意味する。尾っぽの方から頭の方に向かって領域がひろがっていくのは、それぞれの氣が生まれ、徐々に盛んになっていく様子を表し、やがて陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。

陰が極まれば、陽に変じ、陽が極まれば陰に変ず。陰の中央にある白い点は陰中の陽を示し、いくら陰が強くなっても陰の中に陽があり、後に陽に転じることを表す。陽の中央の点は同じように陽中の陰を示し、いくら陽が強くなっても陽の中に陰があり、後に陰に転じる。太極図は、これを永遠に繰り返すことを表している。
現在、この勾玉のような形が上下に置かれることが多い。これを陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずることを表しているとするのは、乾・坤を上下に配する先天図による説明様式であり、陽中の陰、陰中の陽とするのは離・坎を上下に配する後天図による説明様式である。

太極と陰陽五行説

この世の始まりは「混沌(カオス)」の一語に尽きます。あらゆるものがごった煮状態となり、フツフツ、グツグツとすべての要素が複雑に入り混じっている状態といえる。この混沌とした状態のなかで、すでに陰と陽とが静動を繰り返している。このような状態が「太極」と呼ばれるものである。太極のなかにうごめく陰と陽がそのなかから飛び出し、さらに陰と陽の離合集散から木火土金水、すなわち五行が生じることになる。五行は、お互いに結合・融合することで太極になることができる。

そして、五行の結合によって生じた太極から男と女が生じる。同様に、太極から森羅万象のあらゆるものが生じることになる。つまり、宇宙のあらゆるものは太極から生じ、しかも太極そのものであるというのである。この一連の離合集散・分離結合の営みは、すべて太極のはたらきを部分的に説明したものであり、太極から陰陽、陰陽から五行、五行の結合による太極、太極から男女や万物が分離するという営みは太極そのもののはたらきを意味している。「一にして全」「一にして多」という発想が、陰陽五行説には脈々と流れているのである。

ここで大切なのは、陰陽五行説では、太極・陰陽・五行は別々の物ととらえないこと。陰と陽のはたらきも、五行のはたらきも、これらすべて太極のはたらきを視点をずらしてみているに過ぎないのである。ここに至って陰陽五行説は、陰陽説が組み込まれた易の理論と五行説が吸収した五行配当を味方につけ、万物のあらゆる変化と不変の法則を説明する唯一無比なる教えとなる。-(稲田義行氏著書より)

四神 ししん

青龍 白虎 朱雀 玄武
青龍(東)
商売繁盛
白虎(西)
悪運退散
朱雀(南)
平安と招福
玄武(北)
健康と長寿

 やや詳しい説明

 四神(しじん)

中国・朝鮮・日本において、天の四方の方角を司ると伝統的に信じられてきた神獣をいう。四聖獣。青龍(せいりゅう)・朱雀(すざく)・白虎(びゃっこ)・玄武(げんぶ)から成る。これは周天を4分割した四象に由来する。五行説にも、中央に黄龍を足すことで数を合わせた上で、取り入れられている。黄龍は麒麟ともされる。

 四神を基盤にした世界観

  • 青龍:春:東:青 
  • 朱雀:夏:南:赤(朱)
  • 白虎:秋:西:白
  • 玄武:冬:北:黒(玄)

上記のように、四神にはそれぞれ司る方位や季節とそれを象徴する色がある。特に中国においては、古くから四神に基づいた万物における世界観や人生観を確立し、それになぞらえて生まれた言葉や考え方は今日の日本でも用いられることが多い。例えば、東洋思想では人生を四季に例え、若年期を「青春」、壮年期を「朱夏(しゅか)、熟年期を「白秋(はくしゅう)」、老年期を「玄冬(げんとう)」と表現する。これも四神に基づいた人生観である。

 フィクションにおける四神

四神の概念は一部の文学・歴史の愛好家および易学・オカルトの好事家の間にしか知られていなかったが、最近マンガ・アニメに登場するケースが激増した。「ふしぎ遊戯」「修羅の門」「遥かなる時空の中で」などそんまま四神と呼ばれている例もあるが、「幽☆遊☆白書」や「爆転シュート ベイブレート」や「セイント・ビースト」、など多くの例でむしろ「四聖獣」という名前で登場する。

勾玉 まがたま

勾玉

勾玉は、その形状から「月の神様」であると信じられています。月は「陰」の気を司り、縁の下の力持ちとなって持つ人を応援します。
古代より勾玉を手にすることで女性は美しくなり、男性は戦い場で最強のお守りとされてきました。

皇位継承の象徴である「三種の神器」のひとつとして、幸運を呼び持主を災いから守るとされているのは有名です。

やや詳しい説明

勾玉とは(1)

太古の時代より不思議な形のまま今日まで伝えられています。出雲の古墳からは、数多くの発掘されました。勾玉は神聖なもので、計り知れない神秘のベールで包まれています。日本神話の中では、戦いのための最強のお守りとして勾玉を500個も連ねた首飾りが登場します。また、弥生時代からは皇位継承の象徴である「三種の神器」の一つとして王位の証になりました。

勾玉は、「月の神様」であると信じられています。月のパワーは陰陽の陰のエネルギーを司り、どのような状況においても縁の下の力持ちとなって、持つ人をバックアップしてくれるのです。

勾玉とは(2)

古代に使われた装身具の一つ。古代より、魔除け石・幸福を呼ぶ石といわれ身につけられて、剣や鏡と供に三種の神器として権力のシンボルともされてきました。その形は太陽と月が重なり合った形を表し、穴はいまじぶんを生かしてくれている先祖とのつながりを表しているとも言われています。そして身につけることにより太陽のエネルギーと、月のエネルギーを日夜受けることが出来るとも言われてきました。勾玉は女性が身につけると輝くような美しさを身にまとうとされ、また、形が胎児を表しているという「胎児説」から、安産のお守りとしても使われていたそうです。男性の場合は戦いのお守りとして、腕飾りや、刀の装飾品として利用されていました。

陰陽五行説 いんようごぎょうせつ

陰陽道の基本となる陰陽五行説では、万物は「陰」と「陽」以外に、「木」・「火」・「土」・「金」・「水」の五種類の気に分類されます。
これらの気は、お互いを生かし(相生)、打ち消す(相克)ことで永遠に流転しつづけます。
気にはそれぞれ象徴とされる色があり、その色は陰陽道において特別な力を持つと言われています。

やや詳しい説明

陰陽五行説(いんようごぎょう、おんみょうごぎょう:-思想)

陰陽五行思想とは、中国の春秋戦国時代ごろに発生した陰陽思想と五行思想が結びついて生まれた思想のこと。
陰陽思想と五行思想との組み合わせによって、より複雑な事象の説明がなされるようになった。

陰陽五行説の論理

「陰陽思想」では、全ての事象は、それだけが単独で存在するのでなく、「陰」と「陽」という相反する形(例えば明暗、天地、男女、善悪、吉凶など)で存在し、それぞれが消長をくりかえすという思想である。一方、「五行思想」は、万物は「木火土金水」という五つの要素により成り立つとするものである。後に五つの惑星と、さらにその後様々な事象と結び付けられ、観念的な五行思想として完成する。

五行相生・五行相剋

五行思想の特徴は、「相生」と「相剋」という、それぞれの要素同士がお互いに影響を与え合うという考え方である。良い影響を与えるものを「相生」、悪影響を与えるものを「相剋」という。

五行相生

「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」という関係を「五行相生」という。木は燃えて火になり、火が燃えたあとに灰(=土)が生じ、土が集まって山となった場所から鉱物(金)が産出し、金は腐食して水に帰り、水は木を生長させる、という具合に木→火→土→金→水→木の順に良い影響をもたらすということが「五行相生」である。

五行相剋

「水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」という関係を「五行相剋」という。水は火を消し、火は金を溶かし、金でできた刃物は木を切り倒し、木は土を押しのけた生長し、土は水の流れをせき止めてしまう、という具合に、水は火に、火は金に、金は木に、木は土に、土は水にそれぞれ悪影響を与えてしまうということが「五行相剋」である。

日本における陰陽五行思想

仏教儒教と同じ5世紀から6世紀には暦法などとともに伝わり、律令により陰陽寮という役所が設置された。その後、道教の道術を取り入れて、陰陽道へと日本独自の発展をした。